梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

(ようやく)S&Gの『新しい金融論』を読む

 だいぶ前に「やるぞ」と宣言しておいて一応メモを取っていたStiglitz&Greenwald『新しい金融論』ISBN:4130402099メ、出すタイミングとしてはバーナンキ祭りの後の今しかないように思えてきたので、ここで放出することにする。ネット上で公開するようなレジュメを作るというのは思ったより大変な作業だし、またその公開の場としてブログがふさわしいかどうかちょっと疑問に思えてきた、というのが今まで寝かせておいた言い訳なのだが、とりあえずこの続きをやるかどうかは今回の反応を見て決めたいと思う。まあ、いずれにせよ全部やるつもりはなくて、第3章の後は理論的なコアである5、6、8章あたりを丁寧に読んでおけば十分かなと考えている。もちろん、手伝ってくれる方がいれば大歓迎です。
 未入手だが、本書に比べニューケインジアンの王道を行っていると思われる大瀧雅之『動学的一般均衡マクロ経済学ISBN:4130402218 とあわせて読んで、その金融政策に対するスタンスの違いを味わってみるのも一興と思われ。

なお、興味のある方は下記の一連のエントリも参照ください。
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20050505
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20041216
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20041227

あと、以下のエントリも。
http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20041221
http://sheepman.parfait.ne.jp/20040113.html#p05


Stiglitz&Greenwald『新しい金融論』第3章メモ

※要約 
 本章の大きな目的は、銀行がリスク回避的であるという仮定を設けることによって、金融政策の変化や景気の変動といった経済環境の変化が銀行行動を通じた経済への信用供給に与える影響について、より現実と整合的な説明を与えることにある。
 結論からいうと、銀行がリスク回避的に行動するという仮定の下では、金融政策や経済環境の変化は銀行の資産水準や貸出リスクの変化を通じて銀行の貸出行動に大きな影響を与えるが、その際貸出金利の水準がどう変化するかは必ずしも明確ではない(標準的な議論が想定しているように、金融政策は実質金利の変化を通じてマクロ経済に影響を与えるわけではない)。

※貸付資金説の理論との比較(P.47)

 伝統な貸付資金説では、金利は右下がりの資金需要曲線と右下がりの資金供給曲線の交点で決定される。景気後退のときには、資金需要・供給曲線共に左にシフトするが、需要曲線のシフトのほうが大きく、実質金利が下落し、投資が増えるという、一種の自動安定化作用が働く(図3.1)。
 一方、S&Gが想定するケースでは、景気後退期には信用の供給が大きく減少する(資金供給曲線が大きく下方シフトする)ため、上記のような自動安定化作用は働かず、実質金利は上昇し、景気は一層悪化する。また信用割り当てが存在する場合は、信用量の減少は実質金利の変化によっては緩和されず、信用量の減少がそのまま経済活動を低下させる(図3.2)。すなわち、伝統的な貸付資金説のケースに比べ、銀行信用の変動が実物経済にもたらす効果ははるかに大きい。


※銀行行動に関する基本モデル(P.53)

 競争的な市場での銀行行動を、負債として預金を受け入れつつ、TB(安全資産)および貸出(危険資産)の間でポートフォリオを最適化するものと仮定してモデル化を行う。ただ、その前に、銀行貸出の性質に関して次のいくつかの点に注意しなければならない。

  • 個々の貸出の破綻確率は互いに独立ではない。一般に、貸出の総量が増えるほど、よく知らない相手にも貸さなければならないなどの理由から、貸出の破綻リスクは大きくなり、その期待リターンは小さくなる。
  • 銀行と借り手の間の情報の非対称性から信用割当や逆選択のメカニズムが想定される場合には、貸出金利が引き上げられると、期待リターンは低下してしまう可能性がある。
  • 銀行が貸出の際に費やす審査費用はサンクコストであり、審査は「危険な投資」であるともいえる。景気後退期には企業の破綻の可能性が増大するため、審査という投資行動からのリターンは低下する。

銀行行動のモデル化に関して、本章では、以下の二つの方法がとられる。

第一の方法: 銀行は、貸出需要の制約の下で、貸出の期待リターンから破綻コストを差し引いたもの(純リターン)を最大化する水準まで貸出を行うとする。破綻が存在しなければ銀行はリスク中立的に行動することになるが、実際には破綻には高いコストがかかるので、結果としてリスク回避的に行動するという結果が得られる。以下、いくつかの重要な含意について。

  • 銀行は、貸出の期待限界リターンが(資金調達コスト+限界破綻コスト)と等しくなる水準まで貸し出しを行う(図3.4参照)。
  • 従来の理論では、期待リターンや資本コストのシフトが貸出量に与える影響を重視するが、S&Gモデルでは、銀行の総資産額の変化にも注目する。銀行の純資産の変化は、破綻確率に影響を与え(限界破綻曲線をシフトさせ)ることを通じて、貸出水準を変化させる。
  • 破綻コストは、経済環境の変化によって影響を受ける。例えば、不況の場合には明らかに破綻コストは増大する。
  • 審査は、貸出の破綻確率を引き下げる。そのため、銀行がリスク中立的な場合よりも、破綻コストが存在する場合の審査費用の方が大きくなる。
  • 信用割当が存在し、銀行が貸出金利を決定できる場合、銀行は期待リターンを最大化するような貸出金利の水準を選ばない。そのような水準まで金利を上げると、破綻コストが大きくなりすぎてしまうからである。

第二の方法(平均・分散アプローチ): 銀行が初めからリスク回避的であるという前提の下で期待効用の最大化をすると仮定し、平均−分散アプローチによって二資産(TBと貸出)間のポートフォリオを分析する。

  • 銀行が貸出金利を選択できる場合(信用割当がある場合)、銀行が一定の金利に直面している場合(貸出市場が競争的な場合)の二つのケースのいずれも平均・分散モデルにより分析は可能である。前者のケースにおける銀行の平均・分散フロンティア(貸出機会集合)曲線は、前者のケースの包絡線となる。
  • 銀行のリスク回避度によって、全ての資産をTB投資に向ける場合、資金のいくらかをTBに投資し、残りを貸出す場合、全ての資産を貸し出しに向ける場合、預金を受け入れて全ての資産と預金を貸し出しに向ける場合、の4つのケースを考えることができる(図3.9)。

※銀行行動に関する基本命題

以上のような方法によって銀行行動に関する部分均衡的な分析を行った結果、以下のような5つの基本命題が導き出される。

命題1 銀行は国債(TB)を買うために借り入れることをしない。
 銀行が国債を買うために借り入れをすることは、銀行の資産を減少させ、破綻確率を高める。
命題2 銀行の純資産が減少すると、銀行貸出は減少する。 
 銀行資産の減少は銀行のリスク回避度を高め、他の条件が一定の元ではリスク資産である貸出の量を減少させる。このとき、信用割当が存在するなら、銀行は限界破綻コストの上昇に応じて貸出金利を引き下げると考えられる。すなわち、企業の資金繰りが厳しいということは、必ずしも金利が高いということを意味しない。ただし、貸出市場が競争的な場合は、金利は上昇すると考えられる。

命題3 貸出の平均リターンは一定のままでリスクだけが上昇する場合、貸出の量は低下する。その場合、貸出金利は上昇する可能性が高いが、リスク中立的貸し手にとっての確実性等価金利(現実の貸出金利から貸し手によって上乗せされるリスク・プレミアムを差し引いたもの)は低下する。 
 リスクが上昇し、銀行が貸出金利を引き上げたとしても、必ずしも「信用状態が引き締まった」ことを意味するわけではない。信用割当の有無や、企業のリスク回避度によって資金の需給状況や均衡金利(確実性等価金利)の水準も変わってくる。すなわち、経済が不況になったときに、貸出額については明確に減少することが予想されるが、金利の動きについては明確な予想が立てられない。

命題4 通常の条件の下で、支払い準備率の引き上げは、銀行貸出を減少させ、貸出金利を高める。 
 支払い準備率の引き上げは、銀行の資金調達コストを高め、それに従い限界破綻コストも上昇する。
命題5 通常の条件の下で、TB金利の上昇は、預金を受け入れている銀行の貸出を減らし、貸出金利を高める。 
 TB金利の上昇は、預金を受け入れている銀行にとって、支払い準備率の引き上げと同じく、資金コストの上昇を意味する。ただし、銀行が預金を受け入れないでTBに投資している場合には、代替効果(貸出に比べてTB保有が魅力的になる)と富効果(銀行が保有する資産が増加する)の双方が働くため、全体的な効果は不明である。

 以下の5,6章では、分析の枠組みが資金の需要者である企業や預金者の行動分析も含めた一般均衡的なものに拡張される。また8章ではその枠組みを元に金融政策の一般的な効果についてより詳しく分析されるであろう。