昨日(27日)は受け入れていただいているUCBのCenter for Chinese Studies(CCS)のレセプションがあった。正確にはInstitute of East Asian StudiesというCCSの上部の組織主催主催のレセプションで、CCSのほかにCenter for Japanese Studies, Center for Japanese Studiesのなどのメンバーも参加して行われたので、なかなか盛況だった。
そもそも、このCenter for Chinese Studiesというところはどういう目的の研究者が集まっているところかというと・・すみません、自分で来ておいてここがどういうところなのかよくわかってません。もともとここには籍だけ置いてむしろ目的は経済学部の授業に出ることだったので。関心のある方はウェブサイトをご覧ください。
・・さて、そういう次第なのでレセプションにはさまざまなナショナリティ・エスニシティ・専攻の人が集まってきており、こういった機会こそできるだけ日本人とはつるまずにいろんな人と積極的に話をしなければ。そう張り切って臨んだ結果、確かに日本人とはほとんどしゃべらなかったのだが・・
結局、話したのは英語=2、中国語=8、いや、英語=1、中国語=9だっただろうか?この分だと滞在中にかなり中国語の上達が期待できそうだ・・ってそれじゃ駄目だって。いかん、何とか手をうたねば。
それにしても、お昼ごろにUCBのキャンパスを歩いていると秋の学期が始まったばかりということもあって盛んに学生サークルの勧誘をしているのだが、さすが各国から学生が集まっているだけあっていわゆる「○○人会」系のサークルも多い。その中でもひときわ目に付くのがやはりチャイニーズ系のバイタリティで、大陸系・香港系・台湾系それぞれ別々に集まったり相互に交流したり活発に活動している様である。実は僕もある中国人から今年の中秋節の集まりに誘われたのだが、日にちが日にち(9月18日*1)だったこともあって思わず遠慮してしまったのだった(ヘタレですみません)。
また、当然のごとく韓国人系のサークルもがんばっているようだが、どうも日本人のそういった活動ほとんどみられないようだ。これは約10年前、僕が北京に留学していたときも感じたことで、留学生の中の二大勢力とも言うべき韓国人グループの結束が非常に硬いだけに、日本人はどうしてこう「バラバラの砂」のようなのか、などと孫中山先生のような慷慨にかられたりしたものだ。
・・まあ要するに、プチナショナリズムとか嫌韓流がブームだとかいうわりには、こういう海外留学と言う、ナショナリズムを醸成するにはまたとない機会であるはずのところで、まとまってナショナリティを確認したりまして外に向けて示威することは、特にある世代以下の日本人にとって、実は驚くほど苦手だったりするのもまた事実だ。こういうところでの日本人の行動パターンがすぐに大きく変わるとも思えないので、たぶんこの傾向はこれからも続くだろう。これを「だから、たいした問題ではない」と考えるのか、「だからこそ、問題なのだ」と考えるかによってナショナリズム全体に対するとらえかたも変わってきそうではある。まあ、今日のところはあまり深くつっこまず、とりあえずこの辺で。