梶ピエールのブログ

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趙宏偉氏について

 先日id:kaikaji:20050805のエントリの続き。

 胡錦涛政権の対日政策についての趙宏偉氏の見解について、繰り返すが僕は判断する能力を持たない。しかし、そのこととは別に趙氏については書いておきたいことがある。

 趙氏は、比較的早い時期から胡錦涛対日強硬派説を唱えてきたのだが、当初はどうも専門家の間でもあまりまともに取りあえげてもらえなかったようだ(例えばhttp://www11.big.or.jp/~syabuki/doc03/soso0304.htm)。

 趙氏は中央ー地方政府間の関係を政治経済学的に分析した、『中国の重層集権体制と経済発展』ISBN:4130360914、この分野ではすでに必読文献になっている優れた研究書を発表して学界にデビューした。しかしその後はSAPIO呉智英小林よしのりと対談したり、テリー伊藤の司会で金美齢との対談本を出したりと、むしろ一般向けのメディアでの活躍を増やしていく。彼が胡錦濤対日強硬派説を唱え始めたのは丁度そういった時期であった。一般的に新政権への期待感が高まる中で、趙氏の胡錦濤=強硬派説があまり専門家の中で受け入れられなかったのも、そういう「軽い」パフォーマンスがあまり快く思われていなかったということと関係があるかもしれない。

 だが、今回の『わしズム』の対談を見て受けた印象は、趙氏のそういったパフォーマンスは結構腰の据わったものだ、ということだ。というのもそこで彼はよしりん相手に、研究者向けの専門誌に発表したものとほとんど同じ内容のことを語っていたからだ。彼はどうも本気で日本の右派を「啓蒙」しようとしているように思える。もちろん、有力な政治学者であれば、官庁や政治家に近づいて政府の外交政策に影響を与える、という道もありうるだろう。しかし、ここからは僕の勝手な想像だが趙氏は、むしろ日本の中で一番中国に対して偏見を持っていそうな、かつ社会的に大きな影響力を持っている人々と「対話」を重ねていくという方法を選んだのではないだろうか。どうも彼はそういった「対話」の積み重ねが今の日中関係をよくするために重要だと本気で考えているように思える。そして『わしズム』の対談を見る限り、そういった右派と「対話」を行うための関係構築にある程度成功している。

 そこでちょっと思い出したのが『諸君』昨年12月号における水谷尚子さんの反日青年達への連続インタヴュー記事で、ある青年が「日本の右翼に非常に興味がある。ぜひ一度彼らと会って話がしたい」と言うようなことを語っていたことである。真面目な反日青年達と、反米右派のオピニオンリーダーたる小林よしのり、そしてかれらと対立しながらもあきらめず「対話」をしようとする趙氏と水谷氏。それぞれ立場や見解は大きく異なっても、何か通い合うところがあるのかもしれない。

 現在、著名な中国研究者が、教科書検定審議会委員でありながら新聞に「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書批判を寄稿したとして保守系メディアからバッシングを受けるなど、社会全体を嫌中感が覆う中で、中国研究者を取り巻く状況もますます厳しくなっている。しかし、これまでにも、中国における日本への厳しい眼、日本における中国への厳しい眼、というものは一貫して存在してきた。日本の中国研究は、これまでそういった内外の批判者に対しきちんと対峙してきたのだろうか。それが今問われているような気がしてならない。