梶ピエールのブログ

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上の続き

さて、こうして並べてみた印象は、
・全体に(保守系論壇誌に比べると)記事の数が少ない
・特に、中国国内の矛盾・問題点をとりあげる記事がすごく少ない。
・台湾・民族問題・国内の人権問題を扱った記事は一本もなし。
・朱建栄や莫邦富といった「いつものメンバー(大体どういうことを言いそうか想像がつく人)」による執筆が多い。「おや?」と思わせるのは産経の記者が寄稿している2004年1月号のエイズ問題の記事くらい。若手ライターが書いていないし、各分野で活躍中の専門家もほとんど寄稿していない。

 ・・といったところだろうか。あまり長くなっても読みずらいので省いたが、2003年に関してもこれと状況はほぼ同じである。

 別に僕の専門が中国だからというわけではなくて、この1、2年間日本の国内でも中国のことがどれだけ話題になったか、そしてそれが国内世論の「右傾化」にかなり大きな役割を果たしたことを考えると、日本を代表する進歩系雑誌の中国問題に関するこの姿勢はあまりに物足りない。
 『諸君!』のように中国のことが大好きな雑誌では、毎号必ず2,3本の中国関連の記事が載るし、年に2、3回は大々的な中国関係の特集を組んでいる、ことを考えるとその「対抗」という意味で、「やる気あんのか、ゴルア!」と言われても仕方の内面があるのではないだろうか。 
 一般的に岩波・朝日は「中国よりの報道スタンスを取っている」というイメージで見られることが多いが、こうしてみると朝日はともかくとして『世界』の場合、そういった保守系雑誌への批判が載るわけでもなく、ただただ「ややこしい問題をスルー」しているとしか思えないのだ。これはある意味、明確に親中スタンスを明らかにした姿勢で批判を浴びるよりタチが悪いといえるかもしれない。

 たしかに特に拉致問題が明るみに出て以降特に東アジア関連報道での「進歩派」メディアへの逆風は強い。しかし、だからこそ『世界』のようなメディアでなければできないことというのがあると思うのだ。例えば、東アジアにおける「人権問題」をどう考えるか、ということについて、立場の違う人たちに好きなことをじっくり書かせて論点を深めていく、ということがなぜできないのか?保守系メディアのように、中国国内の矛盾を指摘する記事や特集を組むことはある意味で比較的簡単だ。しかし、だったらどういう解決法があるのか、という点になるとこと簡単ではない。憂慮すべきさまざまな問題を中国が抱えていることは認めたうえで、それらに対する現実的な対応法を冷静に議論する、あるいはそれらの問題に地道に取り組んでいる国内外の人々の声を丁寧に救い上げていく、といった作業こそ、ある程度商業主義とは距離を置いたスタンスを取ることが可能な進歩系のメディアが取り組むべき課題なのではないのか。


 それからもう一つ。上に上げた2月号の注目記事を見れば分かるように『諸君!』(だけではなく文春系のメディア)の特徴として、フリーのジャーナリスト、若手の研究者などに積極的に書かせて「育てよう」という姿勢がある。その際、斎藤貴男の例を持ち出すまでもなく、書いているものが面白ければその書き手がどういう思想の持ち主かとりあえず問わないのがここの太っ腹なところである。野平俊水(水野俊平)なんか『世界』では決してデビューさせてもらえなかった書き手だろう。それに比べ、他のジャンルはいざ知らず、東アジア情勢の分野で『世界』ほど権威主義によって書き手を選んでいる雑誌は他にないと言っても過言ではないと思う。
 こういったメディアの側の権威主義といわば共犯関係にあるのがアカデミズムの側の権威主義である。稲葉さんが「『諸君!』に書いたら岩波からはもうオファーが来ないかも」と冗談で書いていたが、中国研究を志す院生やODが『諸君!』に寄稿でもしようものならそれだけで就職の世話をしてもらうのをあきらめざるを得ない、というのがおそらくこの業界の現状である(まあ、経済畑に関してはそんなこともないと思うけど)。かといって、だったら『世界』がそういう若手に好きなことを書かせてくれるかというと上に書いたようにそんな状況では全然ない。確かに『環』とか『大航海』に時々面白い記事が載ることはあるが、基本的にこれらはあくまでも「教養系」であってジャーナリスティックな記事は扱わない。これでは、少なくとも東アジア研究の分野でアカデミズムの素養をしっかり踏まえた専門のジャーナリストが育つわけがない。中国への留学人口が飛躍的に増え、語学力や現地社会に入り込む力など、能力的には十分なものを兼ね備えている人材が増えてきているにもかかわらず、だ。

 昨年、サントリー学芸賞では3作の中国研究の著作が受賞した。全体的な出版点数もうなぎのぼりに増え、まさに業界的にはバブルの様相さえ示している。しかし、そういった景気のいい話とは裏腹に残された問題はあまりに多い。
 まあ強いて言えば、こういうことをネットで手軽に発表できるようになったことが希望といえば希望かな。