梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

交錯する「山寨のメッカ」と「メイカーの天国」

 先月下旬(10月22日から25日にかけて)、僕は深圳で行われたメイカー・フェア、それに合わせて行われた著名なメイカー、およびIT企業やベンチャーキャピタルの関係者によるトークショー、HAXのオープンセミナー、および半日しか参加できなかったがニコ技観察会でのNROBOTおよびSeeedなどの企業訪問に参加してきた。詳細な観察記は他の参加者の方に任せるとして、ここでは深センの電子産業の一大集積地と、メイカーズのスタートアップを支援する街という二つの顔を持つ深セン華強北のユニークさについて、改めて考えてみたい。

 さて、このブログの読者であればご存知のように、僕は実際にモノづくりを行っているわけではなく、中国経済のどちらかというとマクロの財政や金融についてみてきた研究者だが、数年前から「山寨携帯」の生産のメッカとしての華強北には関心を持っていた。そこには「中国式イノベーション」の可能性を示すような動きがみられるように思えたからだ。

 華強北の歴史や現在の注目すべき動きについてまとめたガイドブック、『解読深圳華強北』*1という本によれば、華強北に電子部品を扱う「専業市場(電子部品を扱う卸売業者や製造業者がブースを並べる雑居ビル)」が集積するようになったのは、1980年代に電子工業部、航空局、兵器部などの政府内の部署がここにいくつかの電子・電器関連の企業を設立したことに始まるという。当時、深セン経済特区として、労働集約的な輸出産業の一大集積地だった。例えば日本企業ではサンヨーが比較的早い段階から蛇口地区に進出していた。
 そして1988年には珠江デルタで、電子部品の需要が非常に高まっていたことを背景に、華強北の数ある電子部品「専業市場」の一つである賽格市場が、設立された。設立主体である賽格集団の初代董事長である馬福元がこの時念頭に置いていたのは、秋葉原の電子街だったという。
 それから徐々に同様の電子部品を扱う「専業市場」がその周辺に増えていった。1997年には、深圳市の福田区が、華強北一体の「電子街」としての大規模な再開発に乗り出し、1998年には再開発が深圳市政府の正式なプロジェクトとなる。2000年以降、福田区はこの華強北を地域の経済発展の柱として位置づけ、有力な電子産業の企業を全国から誘致するなどのテコ入れに乗り出した。そして2008年くらいまでに華強北は全国でも最大規模の電子市場となっていった。現在では1.45平方キロメートルの敷地に27(28?)の電子専業市場が立ち並び、その総経営面積は約50万平方メートルに達している。またそこに出店している業者の数は3万以上におよび、その電子部品の取引額は年間3000億元以上に達するという。テンセントなどの大手IT企業もここを基盤にしながら発展していった。さらに、電子・電気産業以外にも、通信、服飾、雑貨、金融・証券、不動産、宿泊施設など様々な産業が複合的に集積しているのもこの地域の大きな特徴だろう。

 それと同時に、華強北は中国における廉価な電子製品の消費市場として、最先端のトレンドを反映した地域になっていく。その一つの象徴が、2002年くらいからこの地域で生産が始まり、やがて爆発的に全国に広がっていく、「山寨携帯」の生産だろう。現在では、「山寨携帯」はほとんど「山寨スマホ」にとってかわられ、それも現在では市場の拡大は頭打ちの状態にある。それでもまだ、いくつかの華強北の専業市場に足を踏み入れれば、「山寨携帯」のメッカとして盛り上がっていた時の熱気の余波を感じることができる。

 そこでは、スマホやおもちゃのようなドローンの本体、VRゴーグル、その他もろもろのガジェットと共に、その外枠や電子部品が基板に埋め込まれた半製品、さらには電子チップなどの部品そのものが、ビルの中に所狭しとブースを構えている零細業者たちによって陳列されている。中には店先に掲げたホワイトボードに「今日のお勧め」といった感じで値段がちょうど安くなっている電子チップの名称を書き出している店舗もある。電子チップは生鮮食料品のように日々卸値が変動するので、できるだけ安い時に大量に仕入れて生産したほうが儲けが出る、というわけだ。

 華強北の専業市場でみられる「電子部品のたたき売り」のような現象は、ここ数年進んだ電子産業におけるフラグメンテーションと中間財の調達コストの低下と密接な関係を持っている。すなわち、携帯電話やスマホの企画・設計、組み立て、回路設計・ソフト開発、基板製造、部品調達など、日本であればシャープとか東芝といった一つのメーカー内に統合されているものが、中国の「山寨携帯」「山寨スマホ」では、一つ一つの行程が独立した零細企業によって担われるという極端な分業体制がとられている。

 だから、零細な業者でも電子部品を基板に取り付けるチップマウンタという機械さえ買えば、こういった雑居ビルで安い部品を買いそろえてスマホ市場に参入することが可能になる。こういった極端な分業に基づく生産体制をとることによって、個々の細かい工程には大きな設備投資をする必要がないため、企業の参入障壁は極めて低くなる。そうしてどんどん新規参入してくる零細な企業による激しい価格競争によって、中間財部門の生産コストが非常に低くなり、本体の価格も安くなる、というわけだ。
 だが、これはイノベーションの分類でいうと、既存の製品のコストを引き下げるプロセス・イノベーションで、そこからどうプロダクト・イノベーションにつながっていくのか、という道筋はまだ見えてこないように思えた。また、誰がそのイノベーションの果実を手にしているのか、ということも明確ではなかった。華強北にひしめく零細な部品業者は、その熾烈な競争を通じて電子産業の生産性向上に寄与していても、そこで生じる利益を享受しているとは思えなかったからだ。

 そんなことを考えているときに出会ったのが、高須正和さんの『メイカーズのエコシステム 新しいモノづくりがとまらない。 (NextPublishing)』だった。そこで描かれていたのは、それまでの「山寨携帯」とはまた異なった「メイカー」の街としての深圳の姿だった。それは、起業家を夢見るメイカーたちがものづくりのアイディアを磨き、スタートアップを行うための「エコシステム」を備えた街とし て近年改めて脚光を浴びつつある、ということだった。
 ここでいう「エコシステム」とは、個々のメイカーが抱いているものづくりのアイディアを形にするためにサポートする様々なシステムがそろっている状態のことを指す。例えば、設計会社、プリント基板の実装や試作品の製造を小ロットで請け負う中小企業、開発資金を出資するアクセレーターあるいは、メイカースペースやファブラボといった、メイカーたちに一定期間開発のための場所を貸して、情報共有や、資金提供者とのマッチングをサポートする空間、さらに製品を実用化するのに必要な認証を取得するための測定機関期間など、メイカーズ・ムーブメントに必要な様々な機関が、半径二時間で行ける圏内に集積している。高須自身の言葉を借りれば、「自分たちに欠けている必要なスキルを持っていて、小ロットでも受け付けてくれて、試行錯誤に一緒につきあってくれる。そういう工場をいろん な分野で探すには、今のところ深圳が最適な環境」というわけだ。

 深圳がこのようなエコシステムを形成するにあたって一つの画期となったのが2011年にハードウェア専門のアクセラレータ、HAXがシリコンバレーで創業し、同時に深圳にオフィスを構えたことだろう。それにしても、なぜシリコンバレー深圳という組み合わせなのか?それについて、HAXの創始者の一人はこう語っているという。「華強北では、あらゆる電子部品が1ブロックの中を探せばどこかでみつかる。これはシリコンバレーでは実現できない」と。今回、初めてHAXのオープン・ハウスに参加したけど、最初にどでかいピザを注文してみんなでビールを飲みながら食事してからプレゼンを始めるところとか、共有スペースでは気分転換に卓球したりギターを弾いたりしているところとか、まず僕がこれまで知っている中国の日系や中国系の企業ではお目にかかれない光景で、さながら「深圳の中にシリコンバレーがある!」といった感じだった。

 また、ハードウェアのモノづくりの試作段階で、個々の部品が不具合を起こすことはよくあることだが、そんなときに各種サプライヤーがひしめいている華強北では、それらの不具合を調整したり、あるいは代わりの部品を購入したりすることが容易にできる。この意味で深圳はいわば「メイカーズの天国」なのだという。

 だが、よく考えてみると、「山寨のメッカ」としての華強北が、同時にメイカーズの天国でもあることは、一見きわめて合理的な現象のように見えて、実際はそうでもないことに気づく。華強北のこの二つの側面は、どのようなロジックによって結びついているのだろうか?このへんの引っかかりは、今回一緒にメイカ―・フェアを回った日本におけるドローン産業研究の第一人者、東京大学伊藤亜聖さんのブログ記事で紹介されていた、以下のような問題意識に集約されるだろう。

 深圳にはMajors(Huawei, ZTE, Tencent等を想定)、Shanzhai(山寨、ゲリラの世界)の二つの世界があったのは知っていたが、今回のセッションでここにMakers/Startupという、もう一つの世界があったことが分かった。ここで問題になるのは3つの世界の間の関係。Shanzhaiから、Makers/Startupにはどういった経路でレベルアップし、またMakers/StartupからMajorsにはレベルアップできるのか?

 最初僕は、次のように考えていた。華強北の専業市場であらゆる種類の電子パーツがしかもきわめて多くの零細な業者によって売られているという事実は、中間部門に競争原理が働くことで費用逓減を引き起こし、産業全体の生産性を引き上げる、だから同じ産業に位置する、より高い品質を目指したメイカーにも恩恵を及ぶに違いない、と。
 だが、いろいろな人から話を聞いてい見ると、このロジックは現実にはあまり当てはまらないようだ。例えば、メイカーフェアでブースを出展している、華強北の魅力にはまって年に2〜3回通っているというお兄さんは僕たちに次のように語った。「華強北では確かにあらゆる種類の電子部品がそろいますが、不良品もむちゃくちゃ多いので、私みたいに半ば趣味でやっているような人間ならいいでしょうけど、まともな製品を作ろうとするならまずここで部品を調達しようとはしないでしょうね」。つまり、華強北の専業市場で清算される部品のレベルと「それなり」の製品のレベルとの間には、思ったよりも大きな乖離があるようなのだ。これだと、「山寨のメッカ」としての華強北におけるプロダクト・イノベーションの恩恵は、プロダクト・イノベーションを目指す創客(メイカー)たちには及ばないことになる。

 では、Shanzhaiの世界とMakersの世界は、同じ深圳にあるというだけで、両者の間には意味のあるつながりのようなものはまったくないのか。必ずしも、そういうわけではないように思う。以下、まだ思いつきにしか過ぎないが、二つの世界を「つなぐもの」について、こういうロジックが考えられるんじゃないか、と感じた点を書き留めておきたい。

 第一に、華強北に世界で類を見ないような電子街(専業市場)があることは、それだけで中国国内だけではなく、世界中のギークたちを集める効果があり、それが人的資本の集積、という点でフォーカル・ポイントを形成する効果を果たしているのかもしれない。つまり、華強北の専業市場は、中間財の費用逓減という明確な外部性というより、リチャード・フロリダが言うような「ボヘミアン指数」のように、クリエイティビティの構成要素として、才能あふれるオタクやギークを引きつける誘蛾灯のような役割を果たし、人的資本の集積を作りだしている、という可能性はあると思う。また、そこに集まってくる人たちは、たとえ短期間の滞在であっても、ブログやFBで、あるいは雑誌のコラムなんかで、自分たちが目にした面白いガジェットを熱く語ってくれるだろう。こうして、ギークたちが集まってくる環境が整ってさえいれば、コストをかけなくてもメイカーたちが開発した製品を世界中に紹介してもらえる可能性が格段に高まる。これも、「山寨のメッカ」がもたらす外部性の一つだろう。

 第二に、華強北の集積は、より川上に位置する原材料の供給においても規模の経済を引き起こし、コストを引き下げているのではないだろうか。例えば、深圳のメイカー・ムーブメントを語る際に絶対外せない企業としてSeeedがある。企業のスタートアップに必要な小ロットの電子基板を請け負っていることで有名な会社で、創業者のエリック・パンはHAXの創業者の一人でもあり、柴火創客空間というメイカー・スペースを運営しているほか、毎年開催されているメイカー・フェアの運営にも関わっている。工場を見学させてもらったところ、本当に一つの製品のロットが20とかから生産されていることにはちょっと感動した。

 さて、Seeedがなぜ小ロットの基板の生産で利益を出すことができるのか。確かに、工程などのマネージメントに独特のノウハウがある、ということもあるのだろう、だがそれだけではなく、深圳では華強北など規格化された電子基板を生産する業者が大量に存在するため、そこに原材料を供給する企業に規模の経済が働いており、他の地域よりも安いコストで調達できる、ということがるのではないだろうか。この辺のところは、次にSeeedを訪問した時に、ちゃんと聞いてみたいと思っている。

 第三に、深圳でスタートアップに成功してそれなりに「ちゃんとした企業」になったMaikerにとって、Shanzhai企業が潜在的な競争相手となり、絶えざる品質向上のインセンティヴがかかる、という構図があるんではないだろうか。再び、伊藤亜聖さんのブログから引用しよう。

KICKSTARTERに公開されたプロトタイプが、量産化前にAliExpressで販売されてしまうという件。中国の記事では、こうした事例を「山寨死(Shanzhaisi)」と表現していました。深圳を中心に形成された山寨産業(ゲリラ産業)の、生き馬の目を抜くようなコピー能力が、Eコマースのもとでグローバルに、誰もが見えるようになってきた事例、と感じます。

クラウドファンディングの仕組みについて、自分は詳しくないのですが、KICKSTARTERにプロトタイプを公開する場合、特許などでは守られていないというケースが多いんでしょうかね。そうすると、デザインや機能が比較的シンプルなら、平気でコピーされてしまうということになりかねません。

この現象の背景にあるのは、なんといっても、量産化のノウハウの差でしょう。欧米のメイカーズ/スタートアップがファンドレイズを成功させてから、量産化工場を探して、いろいろ試して、とやっているうちに、深圳ではより短期間でできてしまうわけです。

 これについて、僕が連想したのが経済学で言う「コンテスタブルな市場」だ。これは、市場で独占的な地位を占める企業であっても、潜在的な競争相手の参入の脅威にさらされていれば、その経営は競争的な市場と同じく効率的になる、という議論だ。深圳で創業して成功した例として注目を集めている企業に深圳市創客工場科技(Maker Works Technology)がある。パーツを増やしたりプログラムを書き換えたりして、ロボットの仕組みが学べる教育用玩具MakeBlocKの生産で成功した企業だが、今回のメイカーフェアではその山寨版、というと失礼かもしれないけど、廉価な類似品が実にたくさんブースを構えていた。

 今のところ、MakeBlockはその品質の点で他のフォロワーをかなり引き離した状態にあるので(その分価格も高い)、すぐに脅威になる、ということはないようだ。しかし、継続的にイノベーションを行っていかないと、それらの山寨メーカーにシェアを奪われてしまう、という潜在的な脅威が存在していることは間違いないだろう。そういったそ潜在的な競争の存在が、深圳の電子産業全体の生産性の向上につながっているのかもしれない。

 第四に、華強北の専業市場そのものが、より意欲ある起業家のスタートアップを支援するインキュベーターの役割を果たしているのかもしれない。今回、メイカーフェアの開催中に、伊藤さん、ノンフィクションライターの高口康太さんと共に、「世界中最速でi-padのニセモノを作った山寨王」といわれる人物にインタビューする機会があったのだが、彼の話を聞いていると、華強北で売られているようなコピー製品の生産と販売で頭角を現し、ある程度の資金をためてからよりオリジナル性の高い製品の開発を目指す、というキャリアコースを歩むような人物も結構多いのかもしれない、という気になってきた。その際に、コピー製品での成功経験が起業家としてのキャリアにとって「黒歴史」となるのではなく、むしろ優れた起業家としての資質の高さの証明になっており、資金集めの際に有利に働く、といったメカニズムが働くとしたら、とても面白いと思う。

 ほかにもあるのかもしれないけど、とりあえずShanzhaiとMakersという二つの世界の有機的なつながりについての経済学的な説明として僕が思いついたのはそんなところだ。
 いずれにせよ、自分も含めてだけれど、ここ数年に急激に盛り上がってきた深圳におけるメイカーのエコシステムやそれを支える産業集積については、その現状認識も、背景の分析も始まったばかりだ。その意味では誰でも参入できて、いっぱしの専門家ぶったことを言うことができる、いわば「山寨研究者」「山寨評論家」を生み出しやすい対象だ、といえるかもしれない。その中できちんとスタートアップを成功させて、Majorsになるのはそう簡単なことではないだろう。自分がそうなれるという自信は全くないけれど、とりあえずこれからしばらくはこの動きに注目して追っていきたいと思う。

*1:この本ならびに付属のDVD映像の開設については、高口康太氏の以下のブログ記事が詳しい。http://kinbricksnow.com/archives/51985530.html