梶ピエールのブログ

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お仕事のお知らせ+津上さんへのお答え


 7月6日(月)発売の、『週刊東洋経済』7月11日号のコラム「中国動態」に「中国の金融緩和は毒か薬か」という記事を寄稿しました。株式市場の下落の度合いがあまりに急で先が見えなかったため冒頭は微妙な書き方になっていますが、基本的には前回のブログエントリで書いたように、すでに中国はデット・デフレーションに入りつつあるという見方が有力な経済誌エコノミストの間で唱えられていること(例えばこの余永定氏の論考を参照)、そしてその処方箋として「清算主義」がとられるのか「リフレ政策」がとられるのか、また後者の場合投資拡大の抑制という供給側の生産性向上を目指す改革と組み合わされるのか、という点が大きな焦点になるだろう、という見通しを述べています。

 その前回のブログエントリについて、津上俊哉さんからの再批判が出されていますので、これについても簡単に応えておきましょう。

 まず、後半部分の

「現在GDPの50%前後ある固定資産投資比率を35%の水準まで10年程度かけて落としていくとしよう。そのためには、一時期年率20%近い数字を記録していた固定資産投資の伸びが年率5%前後にまで下がらなければならない(現在では年率12%程度)」と書いておられる。
  筆者にはこの計算の由来がよく分からない。仮に今後GDPが7.0%で成長していくとすると、現状GDPの50%強を占める投資が10年後に35%まで低下するには、投資の伸び率は年率5%ではなく2.7%まで下がらなければならない(あるいは、5%で伸びる固定資産投資が10年後にGDPの35%まで低下するには、GDPは今後も9.3%で伸び続ける必要がある)はずなのであるが、私がする計算は何かを見落としているのであろうか。

これはご指摘の通りで、こちらの計算がかなりいい加減でした(すみません)。改めて計算してみたところ、投資率が50%のときGDPの成長率を7%、投資の成長率を5%とすると、10年間では投資率は41%にしか下がらないので、前回の書き方はミスリーディングでした。ただ、実際には2013年の段階で投資率は47.8%だし、「10年程度」とか「年率5%前後」とか曖昧な書き方にしているのを目いっぱい好意的に捉えていただければ、それほど大きく間違ったことは書いていないと思うのですが(言い訳ですが)。

 で、仕返しというわけではありませんが、

 梶谷先生は続けて、上記から「資本ストックの成長率が年6%ぐらいの水準・・・資本の生産弾力性が0.4程度・・・とすれば、(毎年のGDP成長に対して)資本の貢献分が2.5〜3%は見込める」とされているのだが、仮に私の計算が正しければ、梶谷先生の生産弾性値推計に従っても投資のGDP成長への寄与分は2.7%×0.4≒1.1%となり、梶谷先生の見通しより1.5〜2%は低くなることになる。

 これは明らかに津上さんのミスですよね?GDP成長率の資本上昇率の寄与分を計算する際に、生産弾性値を乗じなければならないのはストック概念である資本の成長率なのですが、上記で出てくる5%とか2.7%とかいうのはフロー概念である投資の成長率なので、区別する必要があります。ストックの資本(ITを含まない)の成長率は、前回とりあげたThe Conference Boadの推計値をみるとここ数年は10%から11%の間を推移しています。これを6%として計算しているのはかなり控えめの数字で、むしろ「投資のリバランスの結果目指すべき着地点」として示したつもりです。なので、資本の成長率がこれより下がり、資本の伸びの貢献分が2.5%以下に下がるということは、少なくとも今後10年間はありそうにないと考えています。

 ・・さて、以上はあまり重要なところではありません。より重要なのは津上さんのエントリの前半、債務残高の増加に警鐘を鳴らしたところです。

 しかし、私は「清算主義だ」との批評に納得できない。大幅な成長減速が必要だと主張するのは、これ以上不効率な投資で負債の積み上げを続けて行けば、早晩中国経済に「破局」が訪れて、もっと酷いことになると怖れるからである。言葉を換えれば、梶谷先生が清算主義へのアンチテーゼだとして推奨する「リフレ」主義は、温情が仇になって、現実には選択肢として成り立たないと懸念しているのだ。

なぜ「破局」を危惧するのか、どうやったらこの危惧の感覚を読者に共有してもらえるかをいろいろ考えてきた。問題の根っこは、負債が急増していることだ。グラフに示したように、2009年「4兆元投資」以降、中国は負債が急激に積み上がっている。右軸の対GDP比が上昇し続けていることは、経済のパイの拡大の速度より、債務の増加速度の方が速いということだ。

中国の民間・政府の債務残高のGDP比の変化をわかりやすく図示し、さらに今後の変化のシミュレーションを示して頂いたことには感謝します。また津上さんが「清算主義だ」というレッテル貼りに納得できない、というのもわかりますし、中国経済を見るときに「金融のリスクを重視すべきだ」という論点にも完全に同意します。
 ただ、ここで提起されているのはやはり日本の「失われた20年代」の際に(清算主義Vs.リフレ派として)さんざん繰り返された論点である、という認識は変わりません。そして、津上さんが示してくださったシミュレーションの結果は、むしろ津上さんが意図するのとは逆に、現在の中国経済においてリフレ政策(金融緩和)がいかに大事か、ということを示しているように思えます。

 どういうことか。私は、津上さんの詳細の議論で一点抜け落ちている点があるかと思います。それは、今後のインフレ率がどうなるのか、という観点です。たぶん、こういう認識で間違っていないと思うのですが、債務残高の対GDP比を議論する際には、どちらも名目値を使うのが正しいやり方ですし、実際津上さんのグラフやシミュレーションでもそうなっていると思います。また、これも当然のこととして、債務の増加のペースを決める金利も名目値が用いられているはずです。しかしながら、シミュレーションの中で用いられているGDPの成長率(5%〜7%)だけは、実質ベースで予想される値になっているのではないでしょうか。
 中国経済の現状からみて、今後10年くらいの実質GDPの潜在成長率が5〜7%の範囲にある、という仮定については私も同意します。しかし、実質ではどんなに頑張っても7%がやっとだとしても、物価上昇率が3〜4%あれば、名目の成長率が10%を超えることは難しくないはずです。なぜ他がすべて名目ベースなのに、GDP成長率は実質ベースでの可能性しか示されていない(10%成長のシナリオが示されていない)のでしょうか。

 シミュレーションで示されているのは、債務残高の対GDP比は、1.(名目)GDP成長率が低いほど、2.貸出の伸びが大きいほど、3.名目金利が上昇するほど、4.デフォルトが増え、償還期限が長期化するほど、増大する、というものです。このうち、1および4に関しては、明らかにデフレによって悪化します。期待インフレ率を上昇させ実質金利を引き下げるリフレ政策は、名目GDPの成長率を引き上げるだけでなく、企業の債務返済をより容易にし、デフォルトの確率を引き下げるという意味で、なによりも債務残高の対GDP比の拡大を抑えるために有効な政策なのです。

 もちろん、これには・貸し出し(債務)が増えてしまう、・名目金利が上昇する、という副作用もあります。ただ、後者については津上さんも指摘するように投資効率が低く、長期金利が低迷している現状ではそれほど心配しなくてよいでしょう。特に長期金利が上がりそうになれば国債などの買いオペをすればよいだけです。また前者の貸し出しの増加ですが、その際の貸出先、つまりどの経済主体の債務が増加するか、が問題だと思います。リーマンショック後のように融資プラットフォームを通じた、実態は地方の債務でも名目上は民間企業の債務、というものがどんどん増えていくのは困りものです。しかし、金融緩和の進め方によってはその当時とは正反対の動きをすすめる、つまり金融緩和を進めつつ地方政府や民間企業の債務残高を、徐々に中央財政の債務に置き変えていくことが可能ではないかと思います。
 具体的には、国債を(直接ではなくても買い切りオペなどによって間接的に)中央銀行が引き受けマネタイズしたうえで、その資金を用いて焦げ付きそうな融資プラットフォーム関連の債務をどんどん償還していくというのはどうでしょうか。もちろんあまり無原則にやってしまうと深刻なモラルハザードが生じてしまうので一定のルールにのっとって、しかも期限を区切って行う必要があると思いますが、デフレを脱却しつつ、社会全体の債務残高をより長期で安定的な中央財政の債務に置きかえるという点では一石二鳥のやり方だと思います(というか、もともとリーマンショックの際に国債を大量発行して公共事業にあてればよかっただけの話ですが)。これほど極端なやりかたではなくても、現在のようなデフレ下では金融緩和を積極的に進めることが政策手段を増やす観点からも不可欠だと思います。

将来に禍根を残すとは知りながら、足許の経済・社会の安定のために公共事業等を積み増す結果になる――その姿は、1990年代末の日本が経験した「小渕ノミクス」に似ている。

これも話は簡単で、小渕ノミクスのときはデフレが脱却できなかったため、政府の債務残高のGDP比率が増えてしまったのが問題だったわけです。ですから、前回のエントリでも強調したように、景気刺激策の際にこれまでのように全国一斉の成長目標を掲げてそれを達成するために公共事業をじゃんじゃか行わせるのではなく、まずインフレ率の上昇、そして為替レートの減価を目標にした金融政策中心のやり方に切り替えるべきだと思います。そして、地方政府その他による固定資産投資はむしろ抑制されるようにかじ取りをすべきです。
 金融緩和をしても投資が増えないなんてそんなことがありうるのか?と言われそうですが、中国経済の地域間のアンバランスな状況をみればそれは十分に可能だと思います。ここ5年程の地方特に内陸部における投資の状況はあまりに無茶苦茶なものでした。例えば2013年の数字で、投資(資本形成総額)の対GDP比が80%を超えている省・自治区雲南、青海、チベット内蒙古寧夏、新疆の6つあります。このうちチベットと青海は投資率が100%を超えています(投資の大部分が中央からの補助金で外の省から資本を購入することに充てられているため)。これらの投資が市場メカニズムに乗っ取って自発的に行われたものとはとても思えません。
 前回、中国全体で大幅に成長率を下げる必要はない、と書きましたが、これらの内陸省に関しては投資に厳しい制約を設けて一定期間低成長率が持続することになってもやむを得ないでしょう(その分、社会保障などの再分配を充実させる)。そのことで中国全体の投資のリバランスもある程度進めることができると思います。

 以上、いろいろ書きましたが、文中引用した余永定氏などはこの辺のことはすべて理解をしたうえで望ましい政策の組み合わせに関する提言を政府に対して行っているのだと思います。あとは、地方の反発をどうやって抑えるのか、ということが最大の鍵になるのでしょう。