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いただきもの

中国の地域経済: 空間構造と相互依存

中国の地域経済: 空間構造と相互依存

 著者の岡本信広さんよりお贈りいただきました。ありがとうございます。

 岡本さんは最近のブログtwitterでの活動を見ればわかるように大変教育熱心かつ勉強熱心な方ですが、大学に移る前にはアジア経済研究所で産業連関表を用いた経済分析のスペシャリストとして鳴らした方でした。本書は彼のアジ研時代の研究成果、とくに労作である地域間産業連関表を用いた分析をベースに、中国経済の地域構造の変遷というより大きなテーマでまとめられたものです。

 本書で印象的なのは、市場経済化が進展し、地域間の統合が進むにつれて、地域間の産業構造が「格差拡大的」な方向にどんどん変化してきた、そのダイナミズムが見事に可視化されていることです。すなわち、地域間のモノ・ヒト・カネの往来を妨げていた政治的・制度的な障壁がなくなるにつれ、産業はより立地条件がよい地域に集中するようになります。その結果、もともと先進的な地域であった長江デルタや華南エリアはますます主要産業が集中し、地域間交易ネットワークのハブとしての役割を強めていくのに対し、中部・西部地域はますます東部沿海部への依存度を強めていきます。また、東北部の遼寧省のように1980年代はネットワークのハブとしての機能をもっていたのに対し、90年代以降その機能を失ってしまう地域も存在します。
 ただし、中国経済の国際市場への統合は、国内における地域間の相互依存にも影響を与えます。例えば2008年のリーマンショックで最も大きな打撃を受けたのは労働集約的な輸出産業を通じて海外市場と深く結びつき、それゆえ国内の産業集積地にもなっていた長江デルタや華南エリアでした。同時に、近年では内陸部への積極的な固定資本投資を通じて産業構造が分散化する傾向も見られます。中でも効果の大きかった2008年末からの景気刺激策の効果について、著者は「沿海部の格差を是正する効果があった」として肯定的に捉えています。ただ、内陸部への大々的な投資は必ずしも経済効率性を伴っていたかどうかは疑問で、この点はさらなる検討が必要でしょう。

 いずれにせよ、中国経済の今後の方向性を考える上で、空間的構造と地域間の相互依存は一つのキーワードになることは間違いがないと思います。その意味で、岡本さんのこの本はこれからの中国経済に関心のある人々にとって、じっくり腰を据えて読むだけの重要性を備えていると言っていいでしょう。