梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

ジョン・レノンと中国叩き

http://d.hatena.ne.jp/solar/20080110#p1

草思社の出す本は、文芸書以外の翻訳書(巧みな邦題をつけ、読者の興味をそそるのが上手だった)か、アカデミックな世界とは無縁の人の書くノンフィクションに限られてきたわけで、論壇とも文壇とも関わることなく、一般読者の興味関心に沿った本だけを作り続け、売ってきた。またよく比較された晶文社のように、出版社のブランドに対する固定ファンがいたわけでもなく、サブカルチャー的な色合いは創業当時はともかく、90年代にはすでに消えていた。

つまり草思社は、ずっと「企画力」だけで勝負してきたわけだ。そうした本作りを、雑誌も文庫ももたない(つまり、原稿を安定的に供給してくれるメディアも、いちど売れたコンテンツを二次商品に仕立てるメディアもなく)書籍専門の会社が、長期にわたってしていくことがいかに大変かは想像がつくだろう。まさに水商売である。だから草思社はずっと、出版以外の分野もふくめた多角経営をしてきた(そういう例は別に珍しくもない。国書刊行会などもそう)。たぶんいまでもそうであるはずで、今回の倒産(民事再生法申請)はむしろ、そちらのほうが足を引っ張った可能性もある。

 草思社といえば高校時代に片岡義男訳の『回想するジョン・レノン 新版』をはじめて買ったことを今でも覚えているが、ここ最近はもっぱら中国関連本、それも中国の現状に対しかなり批判的な、一歩間違うと「中国叩き本」スレスレの本を次々と翻訳・出版するところというイメージが強かった(かなり職業的なバイアスがあるとは思うが)。
 ただこの会社のユニークだったところは何清漣や焦国標の本を初めて翻訳するなど、英語だけではなく中国語の本も積極的に紹介していこうという姿勢が見られたところだった。また、タイトルはともかく内容的には翻訳も含めてしっかりしたつくりの本が多かった。
 ただ、フィナンシャル・タイムスの元北京市局長の書いた滞在記に『中国が世界をメチャクチャにする』(原題は"China Shakes World")というそれこそメチャクチャなタイトルをつけて出版したときぐらいから「草思社必死だな」という気はしていたのだが。こういう扇情的なタイトルは短期的な売り上げの面では確かにプラスに働いたかもしれないが、会社のイメージという点ではどうだったんだろうか。だってこの会社の他のジャンルの出版物からはほとんどウヨ色が感じられないものね。

 いずれにせよ、現在のところ大手以外で中国語の本の翻訳を一般書として出す出版社はまだまだ少なく、もう少しレパートリーが増えて「成熟」していけば一つの新しい流れが作れたかもしれないと思うので、やはり少し残念ではある。