梶ピエールのブログ

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テッサ・モーリス-スズキ『北朝鮮へのエクソダス』

北朝鮮へのエクソダス―「帰国事業」の影をたどる

 すでにあちこちで高い評価を受けているけど、改めてこれは名著だと思う。北朝鮮問題について左派の立場から書かれたものとしては、全くアプローチは異なるけれど、脱北者の問題を扱った石丸次郎氏のルポルタージュ、『北のサラムたちasin:4901873016』と相通じるものを感じた。あえて言うなら、この二つの書物は、あくまでも「事実」の徹底的な掘り起こしを通じて、政治的対立のなかで翻弄される最も弱い立場の人々に最大限寄り添おうという姿勢において共通している。

 在日朝鮮人の「帰国事業」は映画『パッチギ!』のモチーフの一つにもなっているが、その成立過程は今まであまりに謎につつまれてきた。一般的な理解としては北朝鮮朝鮮総連ががっちり手を組んだプロパガンダであったというのが定着していると思うが、近年では日本赤十字と日本政府が一種の「厄介払い」として事業に積極的に関与する、という側面があったことも指摘されることが多くなってきたようだ。そんな中出版された本書は、新たに公開されたジュネーブ赤十字国際委員会の文書資料を駆使して、帰国者事業が本格的に始まるかなり前の段階から日本赤十字在日朝鮮人の帰国事業を「立案」し、赤十字の国際委員会や北朝鮮側にも積極的に働きかけてきたという動かせない「事実」を明らかにしている。
だが、単に帰国事業に対する日本政府の関与をことさら取り上げて、朝鮮総連北朝鮮政府の責任を相対化するだけならば、本書は一種の対抗言論的な、政治パンフレットとしての価値しか持たない本になっていただろう。日本側の積極的な関与が動かない事実であるとしても、次のようなまだいくつもの「謎」が存在するからだ。

日本赤十字赤十字国際委員会北朝鮮の帰国事業について提起するのが1955年。しかし朝鮮総連を中心とした在日朝鮮人社会の中から帰国事業への要望の声が高まり、さらに北朝鮮政府がそれを後押しするようになるのは1958年。この間のブランクは何を意味するのか?
赤十字国際委員会は、この事業の「胡散臭さ」「隠された意図」に本当に気がつかなかったのか?
・李承晩政権下の韓国政府が帰国事業に猛反発したことはよく知られている。日本政府、特に反共・親米政権であったはずの岸内閣は、なぜそのような韓国政府ではなく、北朝鮮政府の要求に応えるような政治決定を行ったのか?
アメリカ政府は、このような日本政府の意思決定に対しなぜ何も言わなかったのか?

 モーリス−スズキ氏は、これらのいくつもの「謎」に対し正面から向き合った上でジグソーパズルのピースをあわせるように説得力のある解釈をつないでいく。その作業の中に彼女が取材を行った実際の帰国者の印象深いエピソードや、研究を進めていく上での個人的な印象や感慨が挿入されており、思わず引き込まれながら読んでしまう。著者自身書いているように、通常このような「実証性」が要求される書物において研究者の個人的な体験や考えの変化がそのまま書き記されるのは異例である。しかしそれはもちろん、このような「政治的に極めてデリケートな」問題において、既存の対立の「磁場」にからみとられることなく自由な立場から語るために必然的に選び取られた「語り口」なのである。本書で展開された見解はあくまでも現時点での公開資料に基づいた暫定的なものであり、さらなる意欲的な研究によって早晩乗り越えられるべきものであることをわざわざ「あとがき」に記した著者の研究者としての誠実さは疑いを入れない。

 誰もが「それはおかしい」と思いながら、何らかの理由で誰もそれを言い出すことができず、結果として最悪の選択がなされてしまうことがある。日本にとってあの長い戦争がとりもなおさずそのようなものであったことは言うまでもない。しかし本書を読めば、北朝鮮への帰国事業も限りなくそれに近いものであったことがよくわかる。
 繰り返しになるが、本書において特筆すべきなのは政治の荒波に翻弄される「ふつうの人々」たちへの共感である。政治の論理の中で埋没しがちな「ふつうの人々」の生活の論理に常に思いをいたすこと、それだけが政治的に困難な状況において、過去に行われてきたような最悪の決定が行われることを抑止するかすかな力となりうる。本書からは、そのような確固たるメッセージを読み取ることができる。