梶ピエールのブログ

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ブレトン・ウッズ体制2.0と中国

今回の世界同時株安では、もちろん中国経済のもろさも露呈したが、同時にアメリカを初めとした先進国経済の動向が中国などの新興工業国の安定的な成長にいかに支えられているか、ということを改めて示したように思える。それは中国ーアメリカ間の旺盛な資金移動によって牽引される世界経済、という新たな状況の到来の予感でもある。

 その際の一つのキーワードの一つが「新しいブレトンウッズ体制(ブレトンウッズ体制2.0、以下略してBW2.0)」だろうか。これについては最近出たこの本に分かりやすい解説がある。

円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋

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 以前にも取り上げたけれども、「ブレトン・ウッズ体制2.0」とは、簡単に言うと「巨額の国際収支黒字を記録している中国などの新興工業国がアメリカの経常赤字をファイナンスしてその低金利と高成長を支え、それがさらに需要の拡大を通じて世界経済全体の成長を牽引する」というメカニズムの事を指す。アメリカに巨額の資金還流を行っている東アジア諸国の多くが事実上のドル・ペッグ制を取っているため、「ブレトン・ウッズ」の名称が用いられている。

 安達氏は上記の本で、例えば今後中国がアメリカとの貿易摩擦を背景に元の切り上げと金融引き締めを行い、さらには内需主導型へと成長路線を大きく転換するならば、以上のようなBW2.0体制はその基盤が大きくゆらぐ可能性があること、しかし実際にはBW2.0体制の成立によって大きな利益を受けているはずのアメリカ政府も、本音では大きな為替レート制度の変更は望んでいないであろうこと、を指摘している。

 もちろん、ここでいう「アメリカ」は一枚岩の存在などではない。中岡望さんも指摘するようにポールソン財務長官は確かに中国の内需拡大路線への拡大を望んでいないだろうが、議会では圧倒的に支持する層が多いだろう。また昨年一部で盛り上がったブランシャールらの論文も基本的に為替の自由化と内需拡大路線をサポートするものである。注目されるのはバーナンキFRB議長のスタンスである。立場としてはポールソンに近くてもおかしくないように思えるが、実際は明らかに内需拡大路線を望むようなスタンスで発言を行っている。これをどう解釈すればいいのか、今のところよくわからない。

 しかしアメリカ政府の意図がどうあれ、実際に中国が内需主導型の成長パターンに本格的に転換するのはまだまだかなり先の話だと思われる。これをちゃんと説明しだすと長くなるのだけど、単純化して言ってしまえば国内要素市場の構造的な問題が大きすぎて、単純に地方に財政資金をばら撒いただけでは格差はそれほど縮小しないし、内需の拡大にも限界があると考えられるからだ。戸籍制度の廃止による労働力移動の自由化、土地の私有制の確立、農村における「都市並み」の社会保障制度の整備、これらの改革が行われないままでの財政資金を通じた内陸部へのインフラ投資は、いわば効率性の悪さを承知で対処療法として資金をばら撒くことに等しい。ある程度はそれで対処できるだろうが、限界があるだろう。かといってこれらの改革は一朝一夕に実現するものでもない。

 以上のような観点から、中国が本格的に内需拡大路線に転じる可能性は低く、したがって元ドル相場が今後これまで以上に急速に動くこともないと考えられる。ただ、そのような成長路線の採択は今回のような資産市場の高騰・急落のリスクを常に伴うものでもある。政府は不動産市場における投機的取引を警戒する姿勢を強く打ち出しているだけに、なおさら株式市場のバブル発生のリスクは高い。

 というわけで、今後の財政・金融政策とも綱渡りのような運営が続きそうだ。