梶ピエールのブログ

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Jeffrey G. Williamson, Globalization And the Poor Periphery Before 1950

Globalization and the Poor Periphery before 1950 (Ohlin Lectures)

Globalization and the Poor Periphery before 1950 (Ohlin Lectures)

 「グローバリゼーションは、世界の富の格差を拡大させるか」この問いは、ともすればイデオロギー的・政治的なものとみなされがちである。しかし、これは本来おかしな話だ。「グローバリゼーション」をたとえば「各国間の貿易量が大きく拡大すること」などというように明確に定義するなら、この問題はまず経済学的に答えを出すことができるし、またそうしなければならない問題なはずである。だから、政治的な立場によってすでにこの問題が答えが決まってしまうような状況があるとしたら、それはとりもなおさず議論の前提となる事実認識が重視されていないということだ。

 もちろん、経済学的にであってもこの問いに明快な答えを出すことは容易ではない。しかしこのウィリアムソンの著作は、数理経済史の成果によって整理された各国の時系列データと、国際経済学の基本的な理論・定理を道具にして、1820年ごろから第二次世界大戦が修了するまでの約150年間に生じた「グローバリゼーション」が、当時のいわゆる欧米を中心とした先進国(「中心」)とそれ以外の地域(「周縁」)の間の格差、およびそれぞれの国の中での所得分配にどのような影響を与えたのかということを、驚くほどを明快に分析している。

 結論だけ先にいうと、この19世紀から20世紀にかけてのグローバル化の時代を通じて、「中心」と「周縁」の所得格差は拡大を続けた。じゃあやはり左翼的な「反グローバリズム」の議論は正しかったのか。だが話はそう単純ではない。本書の白眉はなぜ格差は広がり続けたのか、という点に関する分析にある。

 グローバルな自由貿易を通じた「中心国」による「周縁国」の搾取を説明する理論として思い浮かぶのが「従属理論」である。その根拠となった考え方の一つに、「プレビッシュ=シンガー命題」というものがある。自由貿易体制の中で工業製品に対する一次産品の相対価格は持続的に低下し、一次産品の輸出に頼る途上国の交易指数は悪化していくため、次第に先進国との格差が拡大し、従属的な地位にいつもでもとどまらざるを得ない、というものだ。
 しかし、本書によれば、周縁国の交易指数は確かに19世紀末からプレビッシュらの議論が行われた1950年代にかけては継続的に悪化したものの、それまでの50年間はむしろ大きく上昇し続けていたのだった。「交通革命」による輸送コストの低下と中心国による工業化の成功により、第一次産品の需要が急速に増加したのがその原因だ。問題は、むしろこのような交易条件の改善による貿易の利益を「周縁」国が十分に生かすことが出来なかった、という点にある。


 なぜか?その理由はいくつかある。一つには、このような時系列的に見た各国の交易条件の大きな変化、および戦間期における経済のブロック化などにみる国際貿易における状況の変化が、世界的な一次産品の価格変動の大きさとなってあらわれたということがある。保険市場や公的セーフティネットなど外的な経済ショックに対処する仕組みが整備されていない途上国は、そのようなリスクの拡大によって、経済成長に対する明確な負の影響を受けてしまったのだ。
 次に、「周縁国」の交易条件が改善すればするほど、工業製品の輸入に対する関税の上昇など保護主義的な「反動」がめだつようになった、ということがあげられる。これは比較劣位産業となった工業を保護するため、というほかに、ストルパー=サミュエルソン定理による効果、すなわち農産物価格の継続的な上昇という状況において、その分配率が低下してしまう社会階層(土地の肥沃な国では労働者層、土地が不足する国では地主層)が保護主義を求める政治的要求を高める、と言う効果が働いたためだと考えられる。

 このようにして、「周縁国」における交易条件の上昇はその脱工業化と保護主義政策への強い誘引を伴い、中長期的な貿易の利益は相殺されてしまったのに対し、「中心国」は一貫して輸出の増大の効果を享受することができ、またそれはさらなる工業化にとって促進的に働いた。端的にいえば、このような自由貿易の果実の享受、およびその工業化への影響についての「非対称性」が、19世紀初頭からの150年間の「中心」国と「周縁」国の間の成長率格差拡大に決定的な役割を果たしたのである(続く)。