梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

「日本病」と中国版「リフレ派vs.構造改革派」?

 今日はサンクスギビングデイ、だそうだ。しかしキリスト教徒ではないこちとらとしては、いったい何に感謝したものやらちっとも実感がわかない。それどころかそのへんのレストランや商店が軒並みしまって単に迷惑なだけである。と思ったら近くの中華料理屋だけはしっかりと店を開けていたので助かった、とそこではたと気づく私。そうか!この日はアメリカで働くチャイニーズに感謝する日なんだ!

 ・・というわけで(なにがというわけ、なのかわからないが)アカロフ講演メモはちょっとお休みにして、ここで以前から気になっていた人民元改革関係の問題について、考えをまとめておきたい。

 この件に関して特に気になっていたのが、最近中国国内で、人民元改革後の中国がかつてのプラザ合意後(ちなみに中国語では「広場協議」です)の日本が苦しんだ「円高シンドローム(日元升値総合症)」に陥ることを懸念する論調があちこち見られるようになってきたことだ。ちなみに、中国ではしばしばこのような「円高シンドローム(およびそれによってもたらされたバブルとその崩壊)」のことを「日本病」と表現するらしい。

長期的外需依存の元での経済発展: 「日本病」への懸念、高まる(中国語)
http://business.sohu.com/20051101/n240631680.shtml
元祖うぷぷさんによる日本語訳
http://hannichi.seesaa.net/article/8923256.html

「日本病」の様相を呈する中国経済(中国語)
http://www.southcn.com/finance/hot/200510190209.htm

中国経済が日本経済の轍を踏む可能性: 円高シンドロームに陥るか(中国語)
http://business.sohu.com/20051020/n240571418.shtml
↑そのものズバリのタイトル


 円高シンドロームの処方箋としてはいくつかのものが考えられるが、これらの記事を読む限り、中国のエコノミストの主張はおおむね次の二つのものに集約されるようだ。すなわち、1.内陸部・農村開発による内需の拡大、2.引き締め政策の持続による高金利・元高誘導である。もちろんこれ以外に、以前マッキノンが主張していたように、資本市場の開放を時期尚早として徹底した通貨管理政策の持続を目指す(これはもはや非現実的となった感があるが)、あるいは「アジア共通通貨」の創設を目指す、というアクロバット的な解決法もあるが、とりあえず今はおいておく。

 この内、1.の主張は、近年の元高圧力は、農村や内陸部の経済が疲弊しているため内需が伸び悩んでいることに起因するものであり、都市化の推進や内陸部へのインフラ建設を通じて内需の拡大を図ることによって、貿易不均衡およびアメリカの政治的圧力は緩和されるだろう、というものだ。「アメリカの圧力をかわすため内需を拡大しましょう」というのはいかにも前川レポートの既視感ただようもので、同じ問題の「先輩」である日本人としては「大丈夫かいな?」と思ってしまうのだが、こういった主張にはむしろ、中国は国内が発展途上なので内需はこれからもどんどん拡大するよ、現在の貿易黒字は一時的なものだよ、だから80年代の日本とは違うよ、という含みがあるようだ。

 また、以下のような記事も、要するに労働力移動の自由化によって低迷する農村の問題を解決すると同時に内需の拡大を図ろう、と主張するもので、基本的には同様の立場だと考えられる。

戸籍制度の開放は「日本病」を防ぐのに役に立つ(中国語)
http://www.chinajilin.com.cn/2004ly/doc/2005-11-08/3740.htm
 
 一方、2.のほうは元の大幅な過小評価・低金利、という現在の状況が国内の資源配分をゆがめていることに警鐘を鳴らし、その解消を目指すもので、経済学的基礎のあるエコノミストの中ではこちらのほうが「正統派」の見解だといえるだろう。中国語の記事では上に紹介した日本語訳のある記事でゴールドマン・サックスエコノミストが行っている主張が典型的なものだといえよう。

 このほか、日本で活躍しているエコノミストの中では関志雄氏が繰り返しこれに近い見解を表明している。

拡大し続ける中国の対外不均衡―為替調整こそ最も有効な是正策―
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/ssqs/031114ssqs.htm

 また、先日朝日のシンポジウムでの講演について紹介した、現在の中国の金融政策のブレーンの一人である余永定氏の立場もこれに近いだろう。
http://www.asahi.com/sympo/1121/index.html


 さて、ここで注意したいのが、この1.と2.という処方箋のうちどちらを重視するかという立場の違いが、そのまま地域間の経済格差という問題に対する態度の違いにつながってきそうだ、ということだ。
 例えば「高金利・元高」への誘導といういわば「強い元」路線は、現時点では地域間格差の縮小という、もう一つの政策目標にとっての障壁になる可能性が高い。なぜなら、金利水準が上昇した場合、そのような高い金利水準を上回るような期待利益をあげられるプロジェクトは内陸地域ではわずかしか存在しないため、いくら海外からの資金流入が増加しても内陸地域への投資はむしろより冷え込んでしまうと考えられるからだ。
 もちろん、「高金利・元高」政策を続けながら財政資金による内陸部への再分配を行うということも不可能ではないが、もともと「強い元」路線は市場メカニズムが不十分なことによるよる資源配分のゆがみが中国経済の問題だという立場なので、バラマキ的な再分配政策とは親和的ではない。

 中国政治の意思決定はとにかく見えにくいし、経済政策についてもそれは例外ではない。しかし、こういった為替・金融政策と再分配政策との組み合わせの面から考えると、「元高・高金利誘導=都市・沿海重視=市場メカニズムの重視=均衡財政」という路線と「元高・高金利への警戒=内陸への分配重視=積極財政」という路線との違いが一つの政策上の対立軸となってくるのではないだろうか。高成長が続く間はあまり表に出てこないとしても、今後経済がデフレに見舞われた場合には、この路線の違いはかなり先鋭な対立として現れてくるのではないか、という気がする。
 さらにいうなら、私的財産権の保護や法治主義の徹底といった「構造改革」的な主張は、いずれも市場メカニズムをより円滑に動かすための改革であるという点で「元高・高金利」路線と親和的である、と考えられる。その意味でも、上記のような経済政策上の路線対立は、中国版「構造改革派」と「リフレ派」との対立という見方もできるかもしれない。

 さて、僕は、日本の国内経済に関する見方としてはもちろんリフレ派を支持するが、では中国についてもリフレ派的政策をもろ手をあげて支持すればいいかというと、どうもそう一筋縄ではいかないところがある。それは「中国版構造改革」の主張が「民主」「自由」「法治」といった、より深刻な社会的価値の実現に関するものを含んでいるからである。内陸への再分配路線を重視する勢力のこの観点に対する問題意識は、概して低いといわざるを得ないのではないだろうか(分配問題を重視する自由主義的改革派もいないこともないのだが、その声は相対的に小さい)。また、内陸への再分配路線は、確かに内陸部に住む漢族にとって大きな利益をもたらすが、その分一部の少数民族にはむしろ社会的・文化的な統合圧力として働くという側面も否定できない。こういった込み入った問題をどう考えていったらいいかということについては、僕自身もまだ頭の整理がついていない。

 というわけで、最後にbewaadさんの名言を思い出しておこう。

あちらを立てればこちらが立たず、やっぱりwebmasterは彼の国の官僚でなくてよかったとしみじみ思います(笑)

※関連エントリ:
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20050218#p1
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20050415
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20050918