梶ピエールのブログ

はてなダイアリー「梶ピエールの備忘録。」より移行しました。

アメリカのリベラル派とNYTの中国報道

いや、今更朝日を叩くのは芸も品もないことだというのは重々わかっているのだが・・

http://www.asahi.com/international/update/1019/004.html

米国の知日派はもちろん、ブッシュ政権内でも小泉首相靖国神社参拝を評価する意見は皆無といっていい。何の戦略もなしに日中、日韓関係をいたずらに悪化させることは東アジアを不安定にし、6者協議などに悪影響を与えかねず、米国の国益をも損なうからだ。国務省も「対話を通じた解決を」(マコーマック報道官)と日本を含めた関係国に呼びかけている。ニューヨーク・タイムズ紙は日本の歴史認識問題に厳しい態度をとってきたが、この日の社説はこうした米国内の見方を代弁したものと言える。


 これにはさすがに頭を抱えてしまった。日本の首相が靖国神社であれどこであれ宗教施設を訪問したことに対して、アメリカ大統領や政府高官が「よく行った、感動した」などと積極的に評価するような発言をしたらそれこそ変だと思うのだが・・いや別に靖国参拝に反対の論陣を張ること自体はいいのだが、なぜこう突っ込みどころ満載というか「朝日必死だな」と思わず口走ってしまうような書き方をしてしまうんだろうか。いや、これは叩いているのではなくて純粋にその謎が知りたいのだ。やはり「中の人」がいるとか・・

 それはともかく、NYTが日本の歴史認識問題に厳しい態度をとってきたのは事実である。これをもってアメリカのリベラル派知識人がおしなべて日本に厳しく、中国びいきである、だからイクナイ、といった見方も一部ブログおよび一部産経新聞などでよく見かけるが、これもやはり短絡的見方ではないだろうか。

 NYTといえば、最近ではとかくOnishi記者が槍玉にあがることが多い。確かにOnishi記者の書く記事が政治的に偏っていないというのは難しいだろう。しかしやはり日本関係の記事でかつて悪名の高かったニコラス・クリストフ記者に比べれば彼の記事は文化・民族的偏見がないだけまだマシだと思えるのだが、まあそれはとりあえず置いておこう。ここで注意を喚起したいのが、同じNYTで主に中国の社会・経済問題について取材に基づいた記事を積極的に配信しているJoseph Kahn記者のことである。彼の中国社会に対する取材スタンスに関しては、下記のURLにまとめられた報道写真と記事をみればよくわかるだろう。

http://query.nytimes.com/search/query?srcht=s&srchst=m&vendor=&query=%22Joseph+Kahn%22&submit.x=43&submit.y=12&submit=Search

 特に昨年末に発表された'China's Great Divide'と題された一連の報道記事(および写真)を見る限り、彼の報道姿勢は日本で言えば産経新聞の伊藤正記者や東京新聞清水美和記者、あるいはジャーナリストの富坂聡氏といった人々のスタンスに近いといってもいいかも知れない。

 最近では、河南省の安陽市で無実の罪で投獄され、最近真犯人が見つかったとして7年ぶりに釈放された青年の話を通じ、中国の司法制度のデタラメぶりを批判した記事('China's Rule by Law: Crime and Confessions'、上記URLに記事あり)がでかでかと一面を飾っていた。Onishi記者の記事が主に日本の小泉政権とその支持者に対象を絞って批判するものであるのに対して、Kahn記者の記事は中国社会全体の暗部に焦点を当てたものである分、ある特定の国に関する報道姿勢としては、より厳しいものであるともいえるのではないだろうか。

 Kahn記者はまた、今年の4月にはヒューマンライツ・ウォッチの報告に基づき中国新疆におけるウイグル人抑圧の状況を批判する記事も配信している。こうしてみると、日本のブロガーがOnishi記者をバッシングするように、中国人博客(ブロガー)、あるいは政府関係者もこのKahn記者の記事を読むたび舌打ちしているかもしれないのだ。とかくNYTの悪口を言いたがる人は、そういう可能性を考えてみたことがあるだろうか。

 アメリカのリベラル派の政治思想については、先日も書いたように現在情報収集中なのでここで詳しく書くのは控えるが、少なくともその日本や中国に対する見方は一枚板ではない、といっていいと思う。まず靖国問題一つとってみても「知日派」と「知中派」では受け止め方が全く異なるだろうし、また政府の市場介入を認める経済的リベラリストと、マイノリティの政治的権利に敏感な人々との間にも大きな認識のギャップが存在していることだろう。少なくとも「日本に対して厳しい」=「中国・韓国の味方」という短絡的な見方が成り立たないことは、上記のKahn記者の存在が証明している。アメリカに来て2ヶ月足らずの僕のような人間が言うのもおこがましいが、一新聞の社説をもって「アメリカ国内の意見を代弁」などという表現を安易に使ってしまう日本の大新聞も、リベラル派嫌いのブロガーの方々も、アメリカというこの複雑な対象についてもう少し多元的な見方をしてみてはどうだろうか。